ここでのAは、有尾さんではありません。(まぁ、有尾も化粧してたけども)
蜜……つまりわかめのことですv
INTRODUCTION
およそ1ヶ月前に、中高時代の友人(以下、仮にAとする)と、久しぶりに会うことになった。
私の知っていた彼女は、服の趣味が悪いわけではなかったが、とても子ども子どもしていて野暮ったく、田舎臭かった。
そんな彼女が、およそ半年後には立派な大学生のオネエサンになっていた。
背筋が伸びて、以前はまとめていただけの髪にもストレートパーマをかけていた。
けれど一番驚いたのは、彼女がメイクをしていたこと。眼鏡からコンタクトに変わり、目がぱっちりとして、顔色も良く、よく笑う。
これだけで人間印象が代わるものなのかと少し驚いた。
その後、Aの家に泊まることになり、この頃はまだ化粧慣れしていなかった私はAにメイクの仕方を教えて貰うことになった。私はあまりメイクが得意でなく、朝も時間がないため、ほとんどスッピンで出歩くことが多かった。何より、仕方が分からない。
そんな私のぼやきに、Aはこう言ったのだ。
「何言うてん。メイクなんて、顔を下地にした絵やで?」
しかし、果たして“メイク”を芸術にカテゴライズできるのだろうか?
Aはメイクを絵だと言い切った。
けれど化粧とは、女が子孫を残すため、男を繋ぎ止める、もしくは捕まえるための一種のツールではないだろうか。
現に、雑誌などではよく“モテ顔メイク”という文字が並んでいることがある。
雄→雌、雌→男の需要と供給が、人間だけではなく生物の間で成り立っている。メイクをするのはおそらく人間だけであろうが、それに近いことを、雄、もしくは雌は行う。人間では、たまたま女が身を飾ったのだろう。
体に関するアートは、他にボディペイント、ネイルアートが今思いつく。
これらは化粧とは違い、完全に制作者オリジナルの美というものが存在する。デザイン、彩色、書き込まれる模様は、体や爪の形を生かしたアートに他ならないと思う。
しかし化粧はどうだろう?
元々、化粧には“手仕事”の“職人仕事”なイメージがある。
多様化された現代において、異性を引きつけるため以外を目的とする、違うメイクも存在するのではないだろうか。
私は、『メイクが芸術である』であるという前提に立って考えていこうと思う。
FOR EXAMPLE 1
何においても、時代と地域によって形式は代わってくる。
まず古代であるが、エジプト、メソポタミアでは美容よりもむしろ民族的信仰ないしは医療目的であったようだ。しかしギリシャ・ローマの化粧は今日のように美容と、異性を引きつけるためのものであった。日本での白粉や口紅は異性を念頭に置いたものであるから、ヨーロッパ的側面があるといえよう。
次に中世・近世であるが、ヨーロッパ世界では、「体は神が与えたもの。大事にしなければならない」という認識があったようで、古代より派手なメイクはなく、むしろロマネスク時代にはベールで顔を隠していたりした。それが代わったのはルネサンスだ。人間復興を唱えていたため、あくまでも人間を表現するためのものであるので華美ではなく、人間らしい生々しさのあるメイクであったようだ。レオナルド・ダヴィンチの「モナリザ」からも読み取れる。ヴィクトリア時代になると、化粧品自体に注意が払われるようになり、配合も気にされた。
流行もあったようだが、ヨーロッパの流行とは王侯に憧れたものが主流のようだ。
日本の中世・近世・近代は曖昧であるが、注目すべきは江戸時代の庶民と遊郭の存在ではないだろうか。
庶民とは異なり、遊女達はいかに客を得るか、下世話な言い方をすれば、いかに男を誑し込むかが文字通り問題であった。特に太夫などは自ら流行を次々と生み出していかなくてはならず、他の遊女達もいち早くそれを手に入れようと躍起になっていたはずである。庶民よりもずっと流行には敏感であっただろうし、流行においていかれることはそのまま生活にも影響が出ただろう。
浮世絵は劇場と遊郭から生まれたものであり、自分たちの美しさを残す、他の女達に見せつけるべき武器として扱われることもあっただろう。そんな時に、化粧に力を入れないわけがない。
そして大正時代になると、ヨーロッパ文化との融合が進み、化粧の仕方もそれに似通ってくる。それから以後、現代まで、化粧の方法はほとんどヨーロッパ式だと言えよう。
先史や古代、一部地域を除いては、メイクのほとんどは異性を念頭に置かれたものがほとんどである。
補足すると、先史の時代にも、もちろん化粧は存在していた。
しかしこれは先に述べた異性を念頭に置いたものではなく、社会的地位、宗教的なものによって行われたようである。刺青もその一部であると考えられているが、これは今日では化粧と言うよりも、ボディーペインティングならぬボディースカルプチュアではないだろうか。
FOR EXAMPLE 2
しかし確実に、過去でも現在でも日常で扱われるメイクとは違うものがあったはずなのである。日常があれば、非日常があるのが道理なのだ。
先に述べたが、遊郭などは非日常のよい例だと思う。が、しかし、これは日常で扱われるメイク、すなわち異性を目的とした最たるものであるので、非日常ではあるが、それ以外であるとは言えない。
では何をもって非日常と定義するか。
私はここで、非日常を『冠婚葬祭』と『フィクションの起こる空間、フィクションを形にしたもの』と設定する。
前者では、女性に対し『死に化粧』と言うものがある。これも呪いの意味が込められているだろう。そして結婚式では花嫁は飛び切り美しく着飾る。夫のために化粧をしているようだが、実際には自分や、来客への幸福の誇示であろう。
そして後者において最も顕著なものが劇場である。
つまり、演芸や芸術の為の化粧だ。
歌舞伎の化粧は浮世絵やテレビでもよく見られるように、とにかく陰影がはっきりしている。しかし、あまりにも特徴的にかかれているために抽象的だ。浮世絵から抜け出てきたような人間が動く姿は確かに迫力だ。また、浮世絵に影響を受けた作家は多々いるが、特に歌舞伎役者の浮世絵などは、突き詰めれば役者の派手な、あまりにもアーティスティックなメイクに度肝を抜かれたとも言えるのではないだろうか。あれはすでに人間の顔ではない。顔に書かれた仮面であろう。
しかしドラマや映画で主流になっている現代劇ではやはり現代のメイクだし、時代劇であってもその時代にあったメイクはあまり見られない。これはカメラワークや不特定多数の人間が視聴し、許容できる美意識も繁栄されているのだろうと思う。
が、宝塚やミュージカルでは派手なメイクが多い。現代劇はともかくとして。個々の俳優を目立たせるために、目鼻の陰影を強調させる。しかしそれは歌舞伎とは違いあくまで人間の顔を保っている。これは、俳優自身をより美しく、より醜く、より若く、より老けるように見せるためであるので、歌舞伎のような強烈さは余り感じないが、“役”をはっきりさせるという点で具象的。
そしてモデルの化粧である。
より強調したい作品のために、それに相応しい、作品を引き立たせるメイクをする。それはナチュラルな印象であったりゴシックだったり。
冊子になる場合、とくにモデルも作品の一部として扱われているような気がする。
そして気になるのが仮面である。
能や雅楽において、演者は化粧ではなく仮面を被る。能の面は人間らしいが、特徴にかけ、誰の顔でもない。生々しいが、生気をそぎ落としたような不気味さがある。逆に雅楽の『蘇利古』や『安摩』の面は厳つい鬼のような顔であるけれども、あれは両方とも当時のメイク技術の限界をあらわしており、化粧の代替としての特殊メイクのようなものではないだろうか?
そう考えると、役を作る為に顔に細工をするのが化粧であるとすれば、顔に付ける仮面はどうなのだろう? 先述した歌舞伎のように、本人の顔が分からなくなるほどの化粧はもはや仮面であろう。しかしあれは化粧だ。直に塗るものかそうでないかの違い、しかし顔を弄るという点においては共通している。
メイク(make)とは元々化粧ではなく『作る』の意味である。化粧も『粧い化ける』だ。顔を作るのであれば、化粧も仮面も代わらない。いや、もともと仮面は化粧から派生したものなのかもしれない。すれば、今や工芸美術として認識される仮面の根源である化粧も芸術の最悪端っこに引っかかっているはずなのである。
conclusion
こう考えた場合、化粧は単独での芸術とは呼べないのかもしれない。大多数最初の異性を念頭に置いたもので、日常見られるメイクは芸術と呼べるほどの個性や美しさがあるかと聞かれれば疑問が残るが、確かにしているのとしていないのとでは印象が違う。
化粧は、単独では芸術作品とは言えないのかもしれない。イラストや絵画のように制作者がサインを入れることもない。
けれど非日常での場合、人間が与えられた役を演じる場合に、外見的要素はかなり重要である。役者が作品に取りこまれている以上、役者に付属するメイクもまた作品の一部と言えるだろう。
ある一定の条件を満たした場合、メイクは芸術だと言えるのではないだろうか。
参考文献
西洋化粧文化史 青木英夫 S54 源流社
送付資料広告
資生堂 MAJOLICA MAJORCA
ANNA SUI
Cannon デジタルカメラ IXY DIGITAL 20 IS [BROWN]
Triumph Yose Ageha
終わったー! 下書き総格闘時間、およそ9時間でした。
よし、これから学校行ってブースで清書するわ。
蜜……つまりわかめのことですv
INTRODUCTION
およそ1ヶ月前に、中高時代の友人(以下、仮にAとする)と、久しぶりに会うことになった。
私の知っていた彼女は、服の趣味が悪いわけではなかったが、とても子ども子どもしていて野暮ったく、田舎臭かった。
そんな彼女が、およそ半年後には立派な大学生のオネエサンになっていた。
背筋が伸びて、以前はまとめていただけの髪にもストレートパーマをかけていた。
けれど一番驚いたのは、彼女がメイクをしていたこと。眼鏡からコンタクトに変わり、目がぱっちりとして、顔色も良く、よく笑う。
これだけで人間印象が代わるものなのかと少し驚いた。
その後、Aの家に泊まることになり、この頃はまだ化粧慣れしていなかった私はAにメイクの仕方を教えて貰うことになった。私はあまりメイクが得意でなく、朝も時間がないため、ほとんどスッピンで出歩くことが多かった。何より、仕方が分からない。
そんな私のぼやきに、Aはこう言ったのだ。
「何言うてん。メイクなんて、顔を下地にした絵やで?」
しかし、果たして“メイク”を芸術にカテゴライズできるのだろうか?
Aはメイクを絵だと言い切った。
けれど化粧とは、女が子孫を残すため、男を繋ぎ止める、もしくは捕まえるための一種のツールではないだろうか。
現に、雑誌などではよく“モテ顔メイク”という文字が並んでいることがある。
雄→雌、雌→男の需要と供給が、人間だけではなく生物の間で成り立っている。メイクをするのはおそらく人間だけであろうが、それに近いことを、雄、もしくは雌は行う。人間では、たまたま女が身を飾ったのだろう。
体に関するアートは、他にボディペイント、ネイルアートが今思いつく。
これらは化粧とは違い、完全に制作者オリジナルの美というものが存在する。デザイン、彩色、書き込まれる模様は、体や爪の形を生かしたアートに他ならないと思う。
しかし化粧はどうだろう?
元々、化粧には“手仕事”の“職人仕事”なイメージがある。
多様化された現代において、異性を引きつけるため以外を目的とする、違うメイクも存在するのではないだろうか。
私は、『メイクが芸術である』であるという前提に立って考えていこうと思う。
FOR EXAMPLE 1
何においても、時代と地域によって形式は代わってくる。
まず古代であるが、エジプト、メソポタミアでは美容よりもむしろ民族的信仰ないしは医療目的であったようだ。しかしギリシャ・ローマの化粧は今日のように美容と、異性を引きつけるためのものであった。日本での白粉や口紅は異性を念頭に置いたものであるから、ヨーロッパ的側面があるといえよう。
次に中世・近世であるが、ヨーロッパ世界では、「体は神が与えたもの。大事にしなければならない」という認識があったようで、古代より派手なメイクはなく、むしろロマネスク時代にはベールで顔を隠していたりした。それが代わったのはルネサンスだ。人間復興を唱えていたため、あくまでも人間を表現するためのものであるので華美ではなく、人間らしい生々しさのあるメイクであったようだ。レオナルド・ダヴィンチの「モナリザ」からも読み取れる。ヴィクトリア時代になると、化粧品自体に注意が払われるようになり、配合も気にされた。
流行もあったようだが、ヨーロッパの流行とは王侯に憧れたものが主流のようだ。
日本の中世・近世・近代は曖昧であるが、注目すべきは江戸時代の庶民と遊郭の存在ではないだろうか。
庶民とは異なり、遊女達はいかに客を得るか、下世話な言い方をすれば、いかに男を誑し込むかが文字通り問題であった。特に太夫などは自ら流行を次々と生み出していかなくてはならず、他の遊女達もいち早くそれを手に入れようと躍起になっていたはずである。庶民よりもずっと流行には敏感であっただろうし、流行においていかれることはそのまま生活にも影響が出ただろう。
浮世絵は劇場と遊郭から生まれたものであり、自分たちの美しさを残す、他の女達に見せつけるべき武器として扱われることもあっただろう。そんな時に、化粧に力を入れないわけがない。
そして大正時代になると、ヨーロッパ文化との融合が進み、化粧の仕方もそれに似通ってくる。それから以後、現代まで、化粧の方法はほとんどヨーロッパ式だと言えよう。
先史や古代、一部地域を除いては、メイクのほとんどは異性を念頭に置かれたものがほとんどである。
補足すると、先史の時代にも、もちろん化粧は存在していた。
しかしこれは先に述べた異性を念頭に置いたものではなく、社会的地位、宗教的なものによって行われたようである。刺青もその一部であると考えられているが、これは今日では化粧と言うよりも、ボディーペインティングならぬボディースカルプチュアではないだろうか。
FOR EXAMPLE 2
しかし確実に、過去でも現在でも日常で扱われるメイクとは違うものがあったはずなのである。日常があれば、非日常があるのが道理なのだ。
先に述べたが、遊郭などは非日常のよい例だと思う。が、しかし、これは日常で扱われるメイク、すなわち異性を目的とした最たるものであるので、非日常ではあるが、それ以外であるとは言えない。
では何をもって非日常と定義するか。
私はここで、非日常を『冠婚葬祭』と『フィクションの起こる空間、フィクションを形にしたもの』と設定する。
前者では、女性に対し『死に化粧』と言うものがある。これも呪いの意味が込められているだろう。そして結婚式では花嫁は飛び切り美しく着飾る。夫のために化粧をしているようだが、実際には自分や、来客への幸福の誇示であろう。
そして後者において最も顕著なものが劇場である。
つまり、演芸や芸術の為の化粧だ。
歌舞伎の化粧は浮世絵やテレビでもよく見られるように、とにかく陰影がはっきりしている。しかし、あまりにも特徴的にかかれているために抽象的だ。浮世絵から抜け出てきたような人間が動く姿は確かに迫力だ。また、浮世絵に影響を受けた作家は多々いるが、特に歌舞伎役者の浮世絵などは、突き詰めれば役者の派手な、あまりにもアーティスティックなメイクに度肝を抜かれたとも言えるのではないだろうか。あれはすでに人間の顔ではない。顔に書かれた仮面であろう。
しかしドラマや映画で主流になっている現代劇ではやはり現代のメイクだし、時代劇であってもその時代にあったメイクはあまり見られない。これはカメラワークや不特定多数の人間が視聴し、許容できる美意識も繁栄されているのだろうと思う。
が、宝塚やミュージカルでは派手なメイクが多い。現代劇はともかくとして。個々の俳優を目立たせるために、目鼻の陰影を強調させる。しかしそれは歌舞伎とは違いあくまで人間の顔を保っている。これは、俳優自身をより美しく、より醜く、より若く、より老けるように見せるためであるので、歌舞伎のような強烈さは余り感じないが、“役”をはっきりさせるという点で具象的。
そしてモデルの化粧である。
より強調したい作品のために、それに相応しい、作品を引き立たせるメイクをする。それはナチュラルな印象であったりゴシックだったり。
冊子になる場合、とくにモデルも作品の一部として扱われているような気がする。
そして気になるのが仮面である。
能や雅楽において、演者は化粧ではなく仮面を被る。能の面は人間らしいが、特徴にかけ、誰の顔でもない。生々しいが、生気をそぎ落としたような不気味さがある。逆に雅楽の『蘇利古』や『安摩』の面は厳つい鬼のような顔であるけれども、あれは両方とも当時のメイク技術の限界をあらわしており、化粧の代替としての特殊メイクのようなものではないだろうか?
そう考えると、役を作る為に顔に細工をするのが化粧であるとすれば、顔に付ける仮面はどうなのだろう? 先述した歌舞伎のように、本人の顔が分からなくなるほどの化粧はもはや仮面であろう。しかしあれは化粧だ。直に塗るものかそうでないかの違い、しかし顔を弄るという点においては共通している。
メイク(make)とは元々化粧ではなく『作る』の意味である。化粧も『粧い化ける』だ。顔を作るのであれば、化粧も仮面も代わらない。いや、もともと仮面は化粧から派生したものなのかもしれない。すれば、今や工芸美術として認識される仮面の根源である化粧も芸術の最悪端っこに引っかかっているはずなのである。
conclusion
こう考えた場合、化粧は単独での芸術とは呼べないのかもしれない。大多数最初の異性を念頭に置いたもので、日常見られるメイクは芸術と呼べるほどの個性や美しさがあるかと聞かれれば疑問が残るが、確かにしているのとしていないのとでは印象が違う。
化粧は、単独では芸術作品とは言えないのかもしれない。イラストや絵画のように制作者がサインを入れることもない。
けれど非日常での場合、人間が与えられた役を演じる場合に、外見的要素はかなり重要である。役者が作品に取りこまれている以上、役者に付属するメイクもまた作品の一部と言えるだろう。
ある一定の条件を満たした場合、メイクは芸術だと言えるのではないだろうか。
参考文献
西洋化粧文化史 青木英夫 S54 源流社
送付資料広告
資生堂 MAJOLICA MAJORCA
ANNA SUI
Cannon デジタルカメラ IXY DIGITAL 20 IS [BROWN]
Triumph Yose Ageha
終わったー! 下書き総格闘時間、およそ9時間でした。
よし、これから学校行ってブースで清書するわ。






」メールをしましたともw 滅多にハートとか使わないあたしが使って送りましたよwww









